早朝の法善寺

2、3日前のこと。

朝まで絵を描き、印刷がしたくてコンビニに行く。
ついでに繁華街の明け方を見ようと思って道頓堀を散歩する。
臭い。

ふらふら散歩をしていたら、法善寺が近いことに気付く。

知り合いの社長さんが、初めての場所で仕事するときは
早朝マラソンで必ずそこの土地の神様にご挨拶すると言っていたのが
とても素敵だなーと思っていたので、
法善寺には行こうと思ってたのだけど、
後回しにしてた。

朝5時、お参りに来て水掛不動さんに水をかける一人のおじさん。
それを見守る二匹の猫。一匹はわたしにもすり寄ってきてくれる。
おじさんがお腹をなでるともう一匹も近寄ってお腹を見せる。

水がたっぷりかかった不動明王さんは、
活き活きとした苔で原型をとどめない。
明け方の青い空気で深い緑がキレイ。

しばらく座ってた。
気持ちがよかった。
ここを守ってる、そんな空気を放ってるように感じてしまう
不思議な空間でした。



夕方もう一度いってみた。
たくさんの人が水をかけてお参りしてた。
猫は逃げていった。



それから毎日、お水をかけに行ってる。




以下、気になったので法善寺のwebより
「水を掛ける意味」

 戦前には、最初、お供えの意味で、水は、生きとし生けるものの命の元になる、大切な水を供えていただけであったが、有る女の人が、拝んで居られる時に、お不動様に縋る思いで「水掛不動さん、願いを叶えて下さい」と水を掛けられ、その時より水を掛けられるようになった。

○何故掛けるかは根拠がないが、水を掛けることは、火に水と全く相容れない物に考えられるが、本来は供え物の意味で、「助けて下さいお不動さん。たのんまっせ、お不動さん」と心を込め縋り付く思いで願いを届けお供えしているのである。また、体の部分に水を掛けるのは、病気平癒・悪魔降伏や願成就・煩悩滅尽の願いを込め縋り付く思い出水を供える意味である。(治して下さいと願い、自分の煩悩や悪い災難事を裁ち切り、願いを込め掛けるられている。)

*御利益
何でも願い事の手助け・後押しをして戴ける。
 水を掛けるので、水商売の繁盛が叶う
 前の二人の童子を男女にみたてて、縁結びが叶う
 忿怒の顔・怒りの相にて、悪い事柄・悪魔・敵を退治して下さる。
 火の中におられ、衆生の悪い心(貪・瞋・痴)を焼き尽くす。



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